2004
通信の未来を見据えて
NEO通信創業
福岡県内の高校で同級生だった仲間が集まり、NEO通信を創業。「学のないアホどもが、大学卒業者よりもいいメシを食おう」という意識を共有し、現在のNEOの前身が産声を上げたのが2004年だ。前年にテレビの地上デジタル放送が開始し、そのインフラ整備の必要に着目。全国各地を飛び回り、テレビ放送がいずれ完全に地上デジタルに移行することや、LANによるブロードバンドがもたらす未来の生活などを丁寧に説明し、各家庭に光回線を引き込むインフラ整備に尽力した。
2008
電気通信工事業、電気工事業を取得
通信会社の経営をしていた通信技術者の中村孝範が加入。個人宅への光通信引き入れの工事に始まったNEO通信が、携帯電話などの通信中継局の工事を請け負うための事業許可を取得することができ、大型の電気工事を請け負うことで通信事業を発展させることが可能となった。
2009
再生可能エネルギーが地球を救う
株式会社NEO設立
NEO通信として始めた通信事業が軌道に乗り、企業として体力がついた。社会が新たに必要としているものが何なのかを考え、目に止まったのが、戸建て住宅に設置され始めた小型の太陽光パネルだった。クリーンエネルギーの普及は、地球への環境負荷の低減につながる。まずは太陽光エネルギーの特性と普及状況を知るために、創業者の吉本真助と現在取締役を務める金永孝弘が関東に拠点を移動。共同で千葉県のワンルームマンションに暮らしながら、オール電化システムや太陽光システムの販売を続けた。
2010
太陽光パネルの販売施工を開始
「オレらがやるべきなのは販売じゃなくて工事じゃね?」。太陽光パネルの販売は順調で、訪問販売の会社としても収益的には成り立っていた。しかし、そもそも関東に拠点を置いた目的はマーケティングだ。現在の役員のひとりである白井智樹が愛知県の太陽光パネル設置業者で研修を受け、島裕幸ら複数のメンバーと関東チームに合流。東京・青梅でNEOとして初めて販売業者から受託し、戸建ての瓦屋根にパネルを設置する工事を完了した。まだ素人に近い技術力で、パネル設置のために瓦を一度はがして元に戻す工事をしたのは真夏の炎天下の屋根の上。千葉の鎌ヶ谷の一軒家で共同生活し、朝5時起きで青梅まで車で通いながら工事も家事も睡眠も代わりばんこという過酷な状況は続いたが、受注案件をこなしながら経験値を高めた。
2011
やりたい事業は試してみる
今や幻となった食品事業に着手
仕事の効率も上がり、過酷な生活からは1年ほどで抜け出した。通信事業と太陽光の2本を軸に会社を発展させる目処がついたころ、吉本と金永の高校の同級生として生徒会長を2年連続で務め、現在のNEOの社長である大森盛幹が合流。福岡を拠点にチェーン展開するスーパーマーケット運営会社に執行役員として勤務していた大森は、NEOの新たな事業として食品の取り扱いを提案。これまでの事業との連動を目指し、ベトナムでコーヒー農園を運営し、コーヒー豆の販売とともに排出されるコーヒー豆の殻を用いたバイオマス発電との循環を目指した。海外での農園管理という初めての取り組みにおいて想定外の難しさに直面し、事業の見直しを迫られてしまったが、既存の事業との連動を目指して新たな事業に着手する姿勢は確立し、現在まで受け継がれている。
2012
大型の太陽光システム設置開始
販売業者から受託し戸建て住宅でパネル設置の工事を続け、通信部門のみではなく太陽光の部門でも体力をつけた。2012年7月には、再生可能エネルギーの普及に向けた国の制度として「固定価格買取制度(FIT)」が制定され、工場の屋根や野立てで設置した太陽光システムが生む電力を電力会社が買い取る仕組みが生まれた。工事の精度を高め、また必要資格を取得することで信頼も得ながら業務が拡大し始めた。高校時代からの仲間であった白井や島が通信の配送メンバーとして仲間に加わってから5年ほどが経ち、それぞれが携わる業務内容も事業規模も変わりNEOは確実に成長していった。
2014
配管事業を拡大するために
特定建設業許可を取得
北九州で半世紀にわたって続き、高い技術力で知られた配管業者が閉業した。NEOもお世話になっていた会社だ。当時のNEOは、太陽光発電に加えて他の再生可能エネルギー事業の展開を考えながらも、何もかもができるほどの会社規模には至っていなかった。そこで考えられる可能性は、バイオマス(バイオガス)、地熱、水力発電に必要な配管工事会社の提携・M&A先を見つけること。タイミングが一致した。その配管業者の社員たちを迎え入れ、長きにわたって培われた技術を導入することに成功した。その一人が現在も現場管理を担い、執行役員を務める阿多義則であり、NEOの高い技術力を象徴する配管事業部を率いている。
2015
建築事務所にして電気工事も担う
東京営業所を設置
千葉の鎌ヶ谷で太陽光パネルの事業を開始し、現在は当初のメンバーである白井が埼玉営業所を率いている。さらに全国からの建築を中心とする案件を関東で担う拠点として、東京営業所を設置した。同営業所では都内で建築や内装施工を受注することとあわせて、全国の発電所で行われる電気工事で本社の社員と合流することや、今後見込んでいる洋上風力発電の技術を高める取り組みなどによって事業規模を拡大している。
2017
鉄材の加工・卸・工事で事業を拡張
建材を扱う商社に勤務していた中嶋孝一がNEOに合流。全国の高速道路などと取引をしていた経歴があり、そのつながりからNEOが受注する工事案件の規模が拡大。高速道路の是正工事に伴う材料卸や、工場の新設・既設の貯蔵タンクの卸と据付工事などを請け負うようになった。また、建築現場の足場を受注する機会も多く、その業務をつつがなく進める体制が築かれる契機となったのがこの時期だ。
2021~
NEOホールディングスの組織力で
安全な未来の担い手となる
通信を扱うNEO通信として創業し、通信分野を発展させながら太陽光の工事力をつけて事業を拡大してきたNEO。2011年の原発事故によって再生可能エネルギーの確保は喫緊の課題となり、NEOの役員間でも子どもたちに安全な未来を、安全な地球を残そうという意識が高まっている。太陽光、風力、バイオマスなど、取り組めるジャンルには取り組んでいく。現在は大規模な発電所からの受注という二次請けがほとんどだが、すでに技術力は高まり、太陽光発電所を保有して自社運営することでさらなる事業拡大を見込み、再生可能エネルギーの普及の一端を担えると考えている。そして、現在展開している事業と連動する新事業をこれからも生みだし、ホールディングスとして発展を続けていく。
沿革
- 平成16年 6⽉ NEO通信 創業
- 平成21年 9⽉ 株式会社NEO 設⽴
- 平成22年 3⽉ 太陽光発電の販売施⼯開始
- 平成22年 9⽉ 千葉倉庫開設(現 埼玉営業所)
- 平成23年 4⽉ 愛知倉庫開設
- 平成23年 4⽉ 増資、新資本⾦1,000万円
- 平成23年 4⽉ ⾷品の輸出⼊、販売、仲介、卸売業開始
- 平成25年 3⽉ 電気通信⼯事業、電気⼯事業 取得
- 平成25年11⽉ 増資、新資本⾦2,000万円
- 平成26年 8⽉ 特定建設業許可取得
- 平成26年 8⽉ エネルギー環境関連事業部を設⽴
- 平成27年 4⽉ 東京営業所開設